その女、霧生 蓮華草が狂人である事は、衆目の一致する所である。

　

　その女は肥溜めのような街を貴族の足運びで闊歩していた。
　上質の男物のシャツに、結んだ濃藍の棒タイもまた高級品である。礼服仕立てのパンツの裾から覗くエナメルの光沢は、彼女の着こなしに一切の隙などありはしないと声高に主張している。
　男装と呼ぶにはその体はグラマラスが過ぎた。八頭身美人と言うのは余りにもＣＤであるが、彼女のスタイルを示すのに最も適当な言葉でもある。服に抑え付けられながら尚も張りを感じさせる豊かなバスト。モンロー・ウォークをしているわけでもないというのに、ヒップから太腿、脹脛にかけてのラインが男女問わず道行く凡夫の視線を魅了する。くびれたウェストに薄く健康的な腹筋が乗っていることは外目には判別しづらいだろう。
　フェミニンな青年ともボーイッシュな令嬢とも取れるその顔立ち。薄く引かれたルージュとアイラインは、２秒ごとに移り変わる流行など気にも留めない普遍的な美しさを控えめに、確実に、化粧している。
　烏の濡羽緑の黒髪。艶やかで艶やかなそれも、当然のように完璧である。腰ほどまで伸びた後ろ髪が時折微風に靡き、踊り、流れる。

　カツン、と歩を止めた踵の音は、雑踏の中でも高く響いた。
　この街では珍しくもない惨めな襤褸に身を包んだ男が、なんともけったいなモノを見る目で女を見つめる。
　対して、女は変わらず貴族の振る舞いで座った男を見下ろすと、その外見に見合った誇り高げなアルトの声で凛々しく告げた。
「ボクはフェイトだ。情報が欲しい」
「あぁ？」
　……何て礼儀のなってない女だ、と襤褸は思った。
　自分が情報屋である事は、まぁ、知ってる者なら誰でも知っている、今更隠しても詮無い話ではあるが。それでも、自分から話を聞くには最低限のルールと言うものがある。
　この女はそんなものは全て無視して、ただ「真っ直ぐ」ここまで来た。
「金は出す」
　女はぽいっ、と無造作にクリスを放った。

　――ゴールド。

　ただ事ではない。
　自分の持ち得るネタの対価の、相場はせいぜいシルバーである。
　ルールを無視してここに来るだけの理由があるのだと男は察した。
　内心の驚愕をおくびにも出さず、プロの目になって女を見返す。
「――何が聞きたい？」
　女は流麗な仕草で、エグゼク仕様のポケットロンを取り出すと、ホロを一枚浮かび上がらせた。
　そこには猫が一匹。
「ペットロイド探しだ。耳だけ白い黒猫型で、名前はホーイチ。もう三日も帰っていないらしくて、飼い主が心配している」
　男は悩んだ。
　符丁か？
　或いは暗号の類。
　猫探しはそのまま真実で、この猫になにか秘密が？
　いずれにせよ、男は自分の知っていること以外は何も言えない。
「……昨日の夜、２ブロック先のヤオロズの前で、柄の悪いガキどもがこんな感じの猫をからかって遊んでたのを見た」
　そう。男は昨日の夕食を買いに行って、そういえばそんな猫を見ていた。もちろん、偶々。
「そうか。助かった」
　女はそれだけ言うと、踵を返して再び歩き始めた。
「――おい、それだけかよ！」
　男の声を背に受けても、女はまるで聞こえていないかのように真っ直ぐヤオロズへと足を進める。
　襤褸を着た男の手元に残ったのは分不相応なゴールドが一枚。
「……変な女だ」
　見ればわかることを呟いて、男はゴールドをさっさと懐にしまった。





「ボクに何か御用かな、お嬢さん？」
　イエローエリアに居を構えるフェイト。実体のないペーパー企業を複数運営しており、権利関係の売買の中間マージンを吸い上げる格好で荒稼ぎしては、その金の流れがはっきりとする前にばら撒いて好き放題している。
　技術を磨かず金の力で物事を解決する邪道の人であり、周囲の現実がどうなろうと自分だけは自分の理想的な生き様を貫いて見せようとする理想主義者。
「選ばせてあげよう。ボクにひれ伏すか、死ぬか。或いは、ひれ伏して死ぬかだ」
　その性格は根本的に慇懃無礼にして傲慢。弱者を見下す心で慈しみ、自分より強い者とは関わろうとしない。彼女の本質は決して善人ではない。

▼能力値上昇
▼技能修得
▼常備化